伴野豊公式サイト:サク・サケ・サカス

主な内容(2011年07月12日:第139号)

  • 地元国政報告会にて語る
  • ありがとう!「なでしこJAPAN !!」

地元国政報告会にて語る

伴野豊、これからの日本のあり方を講演

7月9日に会場溢れんばかりの沢山の皆様方のご参加のもと地元半田市にて国政報告会が開催されました。その中で、伴野豊は外務副大臣就任からの日本の出来事について、さらには、これからの日本のあり方について講演いたしました。

常に緊張感を持って取り組んでおります

平成22年9月21日、中国漁船衝突事件真っ只中外務副大臣に就任しました。その後すぐにお隣り韓国への北朝鮮からの攻撃、中近東のジャスミン革命、翌年2月22日にはニュージーランドの大地震、そして3月11日の東日本大震災。次から次へと大きな出来事が続く中、常に緊張感を持って仕事に取り組んでまいりました。この9か月間での飛行距離はなんと地球約7周。要人会談として約300名の方々とお会いしました。

東日本大震災で再認識させられたこと

東日本大震災の支援については、世界の災害で類のないほど各国からの支援を頂きました。これは今までの我が国のODAをはじめとする国際貢献の賜物と考えられます。また、被災地を訪れた各国要人たちは、現地の悲惨さに驚き、またその反面、復興のスピードの速さに感嘆し、日本人の国民性に驚嘆したと語っています。あらためて日本人のモラルの高さ、すばらしさを再認識いたしました。

これからの復興再生には次の3点がキーポイントになっていくと考えます。

  1. 防災から減災。災害に対して物理的な対応も大切だがよりソフト面で被害をできるだけ小さくしていく考え、つまりは減災する対応が最も重要。
  2. 各市町村が中心となり県、国がそれをバックアップする体制にシフト。
  3. 被災地を世界の英知を結集した最先端都市、モデル地区として復興さ せる。

日本の世界に誇れる組織力を十分活用できるリーダーのもと、必ず日本は復活すると確信しています。

我が国が抱えている諸問題について、ジャパン・アズ・NO1と言われた1970年から1980年のバブル期。その後、1989年にベルリンの壁が崩壊し、各国が新しい価値観へと推移し始めた時、我が国もエネルギー問題はじめ根本的な問題について徹底的に仕組みを見直さなければいけなかった。見直しをせずに問題解決を先送りした20年間のツケが今日の大きな問題となっています。

問題解決に向けて、今日までの全ての仕組みを偏った見方でなく、冷静かつ現実的な観点から見直しをすべきだと考えます。

副大臣就任して9か月

副大臣就任して9か月になります。さまざまなことを体験して次のことを常に思うようになりました。

  • 『人は生かされている(常に謙虚に生きるべき)』
  • 『人は一人では生きていけない(国も同様、支え合い共に生きていく)』
  • 『ピンチをチャンスに変える(常に前向きに)』

これからもこの3つを伴野豊の政治信条として、日本の未来の為にしっかりと取り組んで参ります。

ありがとう!「なでしこJAPAN !!」

女子W杯2011で世界ランク1位のドイツに大金星。耐えて耐え抜いた120分間。終了のホイッスルを聞いたときは心の底から感激しました。1991年初めて女子W杯に出場した時は、グループリーグ敗退。しかし20年後の今日、世界のトップをも狙う位置まで上り詰めました。国難ともいえる現状、今をしっかりと耐え抜き10年後、20年後の再興へ。

なでしこに続け!日本!