伴野豊公式サイト:サク・サケ・サカス

大暑な一日ですが…。

七月二十四日、木曜日。みなさん、こんばんは、ばんの豊です。今日も暑ったですね。蝉の声がMAXでした。大暑よりも大暑な一日でした。
昨晩はよく眠れました。仕事の後、適度の運動をしたからでしょうか。久しぶりに熟睡出来ました。しっかり眠ること。睡眠は元気の源ですね。
外に出ると太陽がギラギラ顔に痛い。さて、今日も熱中症に気をつけて、水分を補給しつつ頑張ります。

人として生きる


札幌にいる姉からメールが入りました。「母とうまくいかない理由が今解った。私には『ユマニチュード』が足りないからだ。」
恥ずかしながら知りませんでした「ユマニチュード」という言葉。フランス語なんですね。
見つめて、触れて、話しかける。上から目線ではなく同じ目線で、時には下から目線で。「人とは何か」という哲学に基づいて体系化されている包括的ケアメソッドのひとつ。二人のフランス人が提唱し30年以上の歴史を持つ。今、医療、介護の現場で注目されているらしい。関係者が意識し、実践することで患者さんはもとより、関わる全ての人の人間性をも回復するとのこと。
「今母は我々に、母として最後の教育をしているのかも知れないね。『人として生きること』の基本を今一度叩き込む為に」自らにも言い聞かせるよう返信メールしました。


予報通りに午後からは雨

五月二十六日、月曜日。
現在、朝の五時前です。曇ってますね、しかもかなり。気温はそれ程でもないのに蒸し暑く、時折吹く風が心地よく感じられます。
どうも午後から雨になるようですね。天気予報がそう伝えています。
先週の土曜日、五月二十四日は、父の十三回忌でした。半年ぶりに、兄、姉も実家に帰って来ました。久しぶりにいつもの家族が集まり、賑やかな週末となりました。

大きな木のような人でした。


あれから十二年が経ちました。あっという間でした。父は、私の初当選を見届けるかのように他界しました。一度国会に連れて行きたいと思っておりましたが、もうその時には二度の手術を経た後で、残念ながら東京まで来る体力はもう既にありませんでした。
一度目の手術の時、大腸に大きな腫瘍が三つ見つかり摘出しました。一つ目は兄の分、二つ目が姉の分、三つ目が私の分。そう言って笑っていましたが、満更冗談でも無かったように思います。
調子に乗って浮かれていると鉄拳を飛ばす人でしたが、何かにつまずいた時は極めて優しい人でした。最後の最後に知多四国を巡った人でした。ぼた餅と常滑焼をこよなく愛した人でした。


インナーを一枚減らして…

三月十七日、月曜日。
暖かい朝です。空も青く晴れわたり、いい天気と言っていいでしょうね。
やっと春らしくなって来たというところでしょうか。
日中も17℃まで上がるそうです。暖かい一日を期待します。
インナーを一枚減らして出かけることにします。

トイレの神様一大事!


札幌に住む姉からメールが入りました。「母のところのトイレが大変な事になっているみたい。詰まらせたみたい。忙しいところ悪いんだけれど、仕事が終わったら見に行ってやってくれない?」
確かに忙しい最中でしたので、身動き取れず、しばらく返信しないで置きました。忙しい時ほどこういう事って起きるんですね。
しばらくしたらまた姉から「どう?」と申し訳なさそうにメールが入りました。「仕事が終わったらちょっと見に行って来るから」と返信。仕事に一区切りをつけて実家に車を飛ばしました。
到着するとそれはそれは。気分が悪くなられると行けませんので具体的な描写は避けます。例のスポンスポンする奴を自宅から持って来ました。取り掛かること30分。敵もさるもの、中々流れてくれません。これは素人には無理かも。業者さんを呼んだ方がいいかも。配管自体がおかしくなっているかも。まもなく築40年の家ですからいろいろなところにガタが来ています。
諦めかけた丁度その時。ボコって抜けた音がしてスーッと流れてくれました。
次は廊下に溢れた水の処理です。お袋と一緒に雑巾掛けをしました。「お前にまでこんなことさせて悪いね、もう情けないから早くお父さんのところへ行きたいよ」と母が言います。「赤ん坊の時はお袋が俺のを始末してくれたんだろ、だからそのお返しだ。たくさん運をもらって行くよ」
私がヤケクソに笑って答えましたら、母も大きな声で笑ってくれました。


甥の結婚式

オニバスの咲く頃


九月十四日、土曜日。
ここ何日かのうちでは一番爽やかな朝です。やはり湿度が若干低いようです。わずかなことなんですね。空は千切れ雲という奴。白い絵具をハケにつけて、青い空のキャンパスにサッとやると描けそうな、そんな雲です。
於大公園でオニバスに出逢いました。神秘的なたたずまいに言葉を失いました。
本日は甥っ子の結婚式です。
東京に行ってきます。


順風満帆ではないのが人生


姉の次男坊です。1983年の12月生まれです。まもなく30歳です。
なかなか出産は大変でした。姉は実家で出産を迎えておりました。長男の時もそうでした。姉は長男の後、二度流産をしております。二度とも安定期に入る直前だったと思います。「十分頑張ったよ」と、声をかけていいのか、かけないべきか。体への負担は限界を超えていたと思います。それ故、この子の出産は、様々な思いとともに、なかなか大変でした。妊娠、出産は、いつもそうだと思いますが、まさに命がけ。今日、その子が素敵なお嬢さんと結婚しました。
「人生は順風満帆ではありません。ですから、二人をよろしくお願い致します」という父親の叫びが心に響きました。
二人に幸多からんことを祈ります。


迎え火

雲と蜘蛛


八月十三日、火曜日。静かな朝ですね。蝉はまだ起きてません。空はまた暑くなるぞっていう感じ。雲らしい雲は見当たりません。
オヤジギャグではありませんが、雲といえば、窓の網戸に蜘蛛が来ていました。二階の部屋までわざわざ。
子供の時、こうした虫たちは絶対殺してはいけない、と教わりました。ご先祖様または最近亡くなった方が帰って来たんだからと。
地域によって、時期、風習も様々ですが、このあたりでは今週がお盆。今までの分まで、今年はシカッリお盆を過ごしたいと思います。さっきの蜘蛛は、亡き父だったのでしょうから。

ピンチと気づき

昨日の夕方、兄が実家に帰ってきました。息子に運転を任せ、家族四人全員で埼玉から八時間かけて来てくれました。
兄は昨年の夏、身体にメスを入れました。人生最大のピンチであったかと思います。声をかけるのもハバカラレル時期もありました。術後の生活習慣に若干の変化はあるものの、以前の兄に戻りつつあると感じました。家族の絆、亡き父の父親としての生き様。どちらにも命を救われたと語っていたのが印象的。
毋は、札幌に住むの姉の名前を何度も何度も口にし、ここに居れば、もっと賑やかなのにと。いわゆる典型的な帰省の一コマです。
今晩、実家では迎え火をします。